「問い」と共に   

みなさま、こんにちは!

突然ですが、
先日、とてもショックなことがありました。

何かが起こると頭の中がグルグルします。

その事柄は、他人にとったら大したことではないのかもしれません。

でも私自身、日頃からとても大切に想っていることだからこそ、
そのショックは計り知れませんでした。

心の痛みはそのまま身体に現れるのだと
久々に体感した経験でした。

通常人は、何かトラブルがあれば
原因を相手だったり、環境だったり、
外的要因のせいにします。

向き合うことを避けるのは、
そこに恐れがあるから、
向き合えば、痛みを伴うからです。

対象のせいにして、ムカついた〜〜!ハイ終わり!
なら、楽なんですよ。自分は悪くないですから。

私だって、勿論そんな気持ちにもなります。
だって、実際こんなに傷ついたんですから。

でも、同時に色んな想いで頭の中がグルグルしました。

同じような経験をしたあの人も、
こんな気持ちになったのかな?
真っ先に頭に浮かんだのはそんな想いでした。

人は自分がその立場に立って初めて、
体感覚として実感できることがあります。
そういう意味でも、
とても悲しくて、寂しかったけど、
向き合うことで、貴重な学びを得られました。

要は、ベクトルを自分に向ける・・
それは、「問いを持つ」ことに繋がります。

自分の何かいけなかったのか?
こんな想いをする意味は?
そして、そんな自分にこれから何ができるのか?


人は問いを持つことで成長できるといいます、

かの有名なデール・カーネギーはこんな言葉を残しています。

「なぜ人は答えを持つと奴隷になり、
問いを持つと自由になるのか?」


人は通常、何故?と言う「空白」を持つと居心地が悪く、
その空白を埋めようと「答え」を探しにいきます。

でも、少し考えて見つからなければ
諦めて「空白」を亡きモノにしてしまいます。

では、逆に答えを見つけるとどうなるのでしょう?

当然、「空白」が埋まり心がスッキリします。
でも、再び訪れる「空白」を避けるあまり、
その「答え」を強く握り続けてしまう。

答えは苦労して手に入れたモノ程
「こうあるべき」とか「常識でしょ?」とか・・
いつしか、強固な価値観に変わり、
やがて其処に囚われて動けなくなってしまいます。

そうなると行動自体にに制限がかかってしまい、
「答えの奴隷」となってしまうのです。

だけど逆に「問い」を持つことで、
人は自由な選択を与えられます。


でも、どうやって?

「問い」なんて今の状況に安堵していれば、
普通余り持てません。

持つとしたら、チャレンジしている時、
そして、苦しみや、悲しみの最中にある時です。

だからこそ、チャレンジは尊い。
そして同じように苦しみや悲しみも、
問いを持たせてくれる尊い存在なのかもしれません。

今回もたくさんの気付きがありました。

ココで全部は言えませんが(笑)

「問いを持つ」そして、見つけた答えは、
強く握りしめずに、軽く握っておくか、
手離し、また別の「問い」を探す。

コーチングは「問い」を投げかける手法です。

それがなぜパワフルなのか?
その意味は、もうお判りだと思います。

いつまでにやるの?
どんな風にやるの?
それは本当の「問い」ではありません。

心のもっともっと深くにある「願い」

その願いがあるからこそ、人は悩み傷つく。
そして自分自身、そのことに気付いていないことって意外と少なくないのです。

本当の「問い」には力があります。

大袈裟に言えば、
「問い」を持てる人間だけが、
成功への扉のカギを手に入れることができると
私は思っています。

直面した苦しみや困難が、
いつか喜びや至福へと、
その姿を変えていきますように。

「問い」と共に。


[PR]

by gintonicdiving | 2016-03-15 08:34 | Comments(0)

<< システムコーチングとは? 伝えずにはいられない・・JAC... >>